【イベントレポート】スタートアップのはじめかた〜OLTA立ち上げ期エピソード〜 | STARTUP LAB LAGOON

2021年8月23日起業・創業 イベントレポート

【イベントレポート】スタートアップのはじめかた〜OLTA立ち上げ期エピソード〜

イベント概要

請求書をすぐに現金化!でおなじみのオンライン請求書買取(ファクタリング)サービス「クラウドファクタリング」を行なうスタートアップ、OLTA。
今回のオンライン配信では、実際に自身もスタートアップ起業〜経営中のLagoon野中が聞き手を務めました。
アイデアは未定のまま起業すると決めてからどのように分野を決め、事業内容を磨いたのか、資金調達前に悩んだことは?、コザから沖縄から生まれていくこれからのスタートアップに伝えたいこと・・・。起業を準備されてる方、またいつかスタートアップを始めたいとうずうずしている方にとってとても有意義な時間となりました。

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ゲストプロフィール

澤岻 優紀 (たくし ゆうき)
OLTA株式会社 / 代表取締役社長兼CEO
1987年生まれ。神戸大学経営学部卒業。新卒で2012年4月に野村證券株式会社に入社。
投資銀行部門にて、主に上場事業会社の資金調達業務に従事。
社債、株式及びハイブリッド・ファイナンス等の案件提案及び案件執行に関与。
2016年10月、起業準備のため退職。2017年4月OLTA株式会社を創業。
「借りない」資金調達ができる日本初のオンライン完結型のファクタリングサービスを展開する。

 

OLTAってどんな会社?

澤岻さん
高校まで沖縄、大学から神戸、就職で東京に行きました。
野村證券という会社に4年勤めたんですが、起業したいという理由で5年目に辞めて起業の準備して2017年からOLTAを立ち上げました。
OLTAは、中小企業がB2Bで企業間取引をしている中で発生する請求書、
例えばトヨタと取引をしているネジ工場が、トヨタからの注文で100万円分のネジを納めたとしてもすぐに支払いがあるわけではないんですよね。
8月に納品、9月に請求書を発行、という風にすぐに支払われるのではない。その入金待ちの請求書を資金調達の手段として使えないか、
融資とは違う形で中小企業の資金調達ができないか、というのがファクタリングと言います。
そのファクタリングをオンラインで提供しているのがOLTAという会社です。

 

ファクタリングってなに?

野中
Fintechとして、まだ誰も取り組んでいなかったファクタリングという領域に、沖縄出身の方が挑戦してビジネスにしているのが素晴らしいなと思いました。
私も会計ソフトのfreeeを使っているんですが、資金調達しませんか?という案内がありますよね。それはOLTAさんが、暗躍されているということですか?(笑)

澤岻さん
そうですね、freeeさんとは提携させていただいているので暗躍させていただいています(笑)

野中
売り上げが立っているんだけどお金が繋げられないという場面でファクタリングを使う、ということですよね。

澤岻さん
そうですね。スタートアップはVCから資金調達するかと思いますが、それはごく少数です。
中小企業は銀行からお金を借りることがほとんどですが、手続きや審査に時間がかかってしまう。
今手持ちの請求書を売って、資金調達するというコンセプトで。借りない資金調達を中小企業の選択肢の1つに加えたいという想いがあります。

野中
これまでファクタリングは世の中にあったけど手続きが複雑だったということですか?

澤岻さん
ファクタリングは以前からあったんですが、街の雑居ビルの中にある金融会社とかがやってるようなことでした。
しかも手数料か20〜30%と、どちらかというと調達する側にとっては非効率。
単純にイノベーションが起きてないということを起業当初から垣間見ていました。
金融機関からお金借りるか、街の金融屋からファクタリングするかという二極化したマーケットだったので、その間をオンラインでデータ活用してできないかと思い、事業を始めました。

 

OLTAの強み

野中
OLTAが業界を刷新したのはどういった部分だったんですか?

澤岻さん
サービスのコンセプトは、はやい、かんたん、リーズナブル。簡単で、他のファクタリングよりも安い2〜9%の手数料で審査して決めています。1番の強みは全国どこからでも審査がOKというところ。
機会モデルを活用して、1日以内に審査結果を出すという審査の早さ、予測の精度の高さが強みです。

 

これまでの成長曲線

野中
OLTAは沖縄で1番IPOに近い企業だと思うんですが、会社の成長曲線はどのように描いていたんですか?

澤岻さん
紆余曲折ありました。調達した時から伸びているではあるけれど、成長のスピードと組織を作るスピードは合わせなければいけない、と感じています。

 

澤岻さんの成功イメージは?

野中
IPOは目指しているんですか?

澤岻さん
会社を作った動機は、事業を作ってどこまで挑戦できるかという、自分自身のビッグチャレンジでした。その後、世の中のペインとか課題解決に目を向けて、会社としてどうチャレンジしていけるかを考えるようになりました。チャレンジし続けることをできる限りしていきたい、頂上目指すことよりもチャレンジするプロセスを続けていきたい。なので、IPOも道の途中として考えています。
周りの期待やIPOは求められる。でも、そこはあくまで通過儀礼。会社として大人になっていく過程で通るという感覚です。

 

描いているゴール、その先

野中
どこを目指すかではなく、どんな角度で山のぼりつづけるかということですよね?どこまで成長させたいとか、どこまで先の未来を描いているんですか?

澤岻さん
IPOは上場としてのゴール。どうIPOするかが話題になりがちですけど、その後は100億、200億の時価総額を超えて、ユニコーン企業として1,000億円を目指したいです。
また、現在はファクタリングが主軸だけど、金融サービス以外のサービス展開もあり得ますね。例えば中小企業の与信を作っていくプラットフォームをつくるとか。

 

どんな幼少期?

野中
澤岻さんはどんな幼少期を過ごしていたんですか?

澤岻さん
一番街で祖母が洋裁店やっていて。お小遣いもらってゲーセンに行っていました。
お金をどう増やすかというずる賢さはその時からあって。
ゲームボーイを3,000円で買って、5,000円で売るということをやっていましたね。もってるものをどう増やすか、商売のきっかけはそこからかもしれません。

 

起業するまでの経緯

野中
大学を卒業して就職されているけれど、起業意欲はあったんですか?

澤岻さん
2年間浪人している時に、周りに将来を考えて学部を選ぶ人がいなくて、図書館で本を読みながら自分がどうしたいのかモヤモヤしていたんですよね。
当時ホリエモンが注目されていて、何かしらアクションを起こした結果、経済に揺さぶりをかけていることに興味を持ちました。
経済ってどういう構造なんだろう?という興味からビジネスのことを学ぶようになりました。大学のゼミで、コーポレートファイナンス、アントレプレナーシップについて学んでいました。大学時代、関西の起業家と出会った時に自分もいつか、とは思っていた。その後就職したけど、起業欲が湧いてきたという感じです。

 

会社員時代「やりたいこと」はなかった

野中
仕事を辞めて待遇を捨てるのは結構勇気がいることだと思うんですよね。その中で起業を選択したのはどんな覚悟だったんですか?

澤岻さん
同じ仕事を5年していると、責任ももたせてもらったり、後輩もできるしやめる理由がなくなってくるんですよ。ただ、これからやりたいことを、もやもや考えたときに、一生いる会社じゃないと思って。目の前のやりたい、打ち込む何かがあったわけではないんですが。「いつか」は何かが降りてくると思っていだけど、その「いつか」はこなくて。でも探そうとするわけでもなかった自己矛盾をかかえていました。
いつかは、と思いつつ大企業にいるという背反する自分に耐えきれなくなった、自分に嘘ついてるのが耐えきれなくなったというのがありました。29の誕生日にじっくり考えて、もやもやを解消する手段は「自分で背中を押すしかない!」ということで翌日上司に「起業します、内容はこれから探します」と退職を伝えました。

 

起業の失敗のリスクとは?

野中
何か不満があったわけではないんですか?

澤岻さん
辞めた自分が失って怖いものを言語化したら、命だけだったんです。逆に、辞めなかった時に失うものは、「挑戦しないこと」「辞めないこと」とか失うものの方が多かったんです。今は起業失敗しても大丈夫な時代だし、全く向いてなかったとしてもその時は働けばいいという考えでした。

 

サービスの着想とカタチにするまでの過程

野中
ビジネス版マッチングアプリ「yenta(イェンタ)」で100人以上に会って、壁打ちしたり、創業メンバーにも出会ったと聞いているんですが、どんな話をしていたんですか?

澤岻さん
会社を辞めたあと、金融以外、特にインターネットサービス界隈の人と繋がりがないのが課題としてありました。自分の事業構想が降りて来ない不安ではなく、降りてきたけどどう形にしようかという課題が出てきました。机の上で考えても上手くいくかどうかがわからないという不安。なので仲間作りも兼ねて、スタバとかで自分はこう言うこと考えているので相談乗ってくれませんか?と自分の構想を話したり、お金をどう取る?どんなUI/UXがいい?と率直な意見を聞いて回りました。その中でアイデアのフィードバックを得て、イケてるイけてないを磨きました。どんな情報が足りないかをチェックできていたし、たくさんたくさんアイデアを出すことで、それがMVPのようになっていました。

野中
どのくらいアイデアを出した中で?今の形に絞られていったんですか?

澤岻さん
5、6個に絞られてきてからですかね。そこに共通してあったのが、お金に関する課題解決をしたいということでしたね。金融機関出身だから寄せたいわけではなかくて、他にもVRとかエンタメとかたくさんアイデアを出していました。

野中
最初から金融の課題を解決したいと始めたわけではなくて、たくさんアイデアを出す中で、結果的にだんだん絞られていったということなんですね。

 

優秀な創業メンバーを集められたポイントは?

野中
壁打ちした人が共同創業者になったり、アクセラレーションプログラムに出てメンバーになったり、どうチームとしての信頼関係を築いていったんですか?

澤岻さん
創業メンバーは4人いるんですけど、私と、大学の入学式で隣だった人と、イェンタで出会ったソニー出身の人と、与信モデルを作った人なんですが。自分は感性的で、ストーリーテリングして道を示すことはできるけど、解像度高く噛み砕くのは相棒が必要だし、技術者も必要でした。どんなピースが必要か、お互いの強みで補完する形でで集めていきました。

野中
出会っても一緒にやろう!まで行かないこともあると思うんですが、どう繋がってどう口説いたんですか?

澤岻さん
最初から一緒に10年20年やろう!ではなくて、たまたまアクセラプログラムで短期目標があったというのがラッキーでした。一旦副業みたいな感じで引きずり込みました。笑 その中でチームの中での議論スタイルとか、アクセラプログラムが終わった後の世界の話をしました。3ヶ月くらいがならし期間として機能していましたね。

 

創業期:チームづくりのコツ

野中
創業した後、次の山(目標)を作るのはどうやっていましたか?スタートアップにはなかなかチームづくりができないという悩みをよく聞きます。

澤岻さん
一般化できないと思うけど、自分の性格強みを考えると、情熱的に伝えるよりも、10年後20年後を感性的、論理的に語るということがあります。今の環境が当たり前に続くわけではない、未来のイメージに同意してもらうというか。
向かっていく方向性を壁打ちして、山の方向性、登り方に同意しているメンバーがいま残っているという感覚です。

 

投資家との対話

野中
投資家との巻き込み方、どう仲間にしていったんですか?

澤岻さん
エンジェルに出会うまでは自己資金100万円でやっていました。基本はメンバー集めと変わらないです。この事業はこうなっていくと語ることに合意してもらった上で、数字の階段も作っていました。

 

未来を語る重要性

野中
ミッション・ビジョン・バリューの言語化のプロセスはどのようにされていたんですか?

澤岻さん
実はミッションは会社ができて1年後に規定しました。その前はファクタリングの中でどう戦うか、新しい金融のインフラを作るという山を規定していたんですけど、違うということに気がついて、与信の山だと気づいたのが1年後でした。今は与信プラットフォームを作るという山をミッションとして掲げています。バリューは会社を作って2、3年目で初めて言語化しました。チームか10〜20人になる時に、基準のずれがあると思っていたので、仲違いした時の立ち返る基準としてバリューを言語化しました。

 

サービス成長の成功話と苦労話

野中
資金調達自体は3回されていて、1回目が2017年4月に1,000万、その約半年後に2回目5億、2年後に3回目25億と順当に成長されていると思うんですが、成長の中での成功、苦労話があればお聞かせください。

澤岻さん
苦労話からになるんですが、もともとが怪しい事業環境だから、新しい金融と言っても信じてもらえなかったり、本当にお客さんがいるのか?という部分が信用されませんでした。いまは銀行との提携に力を入れているんですが、最初は門前払いされていました。4年たってようやく認められはじめました。
成功話でいくと、それこそ銀行の提携は4年がかりで地域金融機関、2021年7月時点で12行提携させていただきました。地銀だけで100あるなか、10%提携できるようになったということですね。ぜひ沖縄でも展開したいです。

 

経営者としての澤岻さんの頭の中

野中
経営者として、サービス開発している時と今で経営者として頭の使い方が違うと思うんですが、何がレベルアップしましたか?

澤岻さん
事業を成長させるためにどうするか?は常に考えているけれど、お金や人というリソースをどう調達してどう配分して、どんな角度に対するゴールを目指すか考える頭が増えてきました。本を読んで、人の話聞いてアップデートしています。組織に関することに頭使うようになりましたね。
なんでもやるという創業時から分業が進んできていますね。制約条件である人とお金の配分に思いを巡らせることが多いです。

野中
役員、マネジメントメンバーはどう分担しているんですか?
A.戦略を一緒に考えるメンバー、自分のやることは減らしていっています。ビジョン、戦略構築はやるけれど、商談などはおまかせています。勝手にやってくれるのはある。手を動かすことを減らしていますね。

 

3年後について

野中
3年後はどこまでいく予定ですか?

澤岻さん
ファクタリング事業の課題は銀行連携が途中ということですね。まずはお金を借りるよりも請求書を売る方が早い、というキャズムを超えるために、行動変容を起こしていくためのアクションしていきます。ファクタリングは序章なので、クラウドファクタリングの社会実装を進めつつ新規事業も跳ねさせたいです。

野中
お金を動かすだけじゃなくて与信のプラットフォームをどうつくっていくかということですね。

澤岻さん
そうですね。クラウドファクタリングって医者に例えると、いままで融資という薬だけだったけど、ファクタリングという新薬を提供している。でもそれだけだと具合が悪くなった時にしかお客様とお付き合いできない。目的は薬の提供じゃなくて、健康なお客様を増やすこと。どう病気ならないようにするかが解決すべき課題で、会社のかかりつけ医的存在としてデータと与信で中小企業に寄り添う、それが3年後目指していたい姿です。